2013年3月11日 (月)

2度目の3.11

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去年の夏、岩手県大槌町の子供達からもらったチューリップの球根から
可愛らしい芽が出てきました。tulip

みんな元気かな?
風邪などひいてはいないかな?






2度目の3月11日。
毎年やってくるこの日を苦しい思いで過ごす人の多さを思うと
胸が痛みます。
ボランティアで行った仮設住宅に住まわれている方々ののお顔が浮かび
今日1日辛い気持ちでいらっしゃるのではないかと心配になってしまいます。






改めて犠牲となられた方々に哀悼の意を表するとともに
被災者の皆さまに心からお見舞い申し上げます。








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2012年7月17日 (火)

再び石巻

先月に引き続き石巻へ。
向こうは気候が良かったので、こちらに戻ってくると
湿気の多さ、空気のまずさに驚いてしまいます。






去年の春ごろ、初めて被災地へ出向いた頃の東北自動車道サービスエリアには
「がんばろう日本」とか「絆」などの威勢の良い横断幕をつけたボランティアバスが
ズラ~っと並んでいたのに、先月行った時も感じたのはボランティアバスの数が
極端に減っていることでした。
多くのボランティア団体が支援金が続かず撤退しているのも事実です。
想像以上に復興が長期化しているので仕方ないことなのかもしれません。

復興が進みボランティアの需要が無くなってきたから減ったのであれば
たいへん喜ばしいことだけど実際に行ってみると、とうていそうは思えません。
参加者が減っているという事実も否めません。


そんな中でも
「復興ボランティアに参加するのは初めてです。」
という方が多いのは、とても喜ばしい事です。


夏休みに入れば学生さんの参加も増えることでしょう。
学生さん達は本当によく働くので感心してしまいます。
それに、よく遊んでくれるので地元の子供達がとても喜びます。
今年の夏もたくさんの学生さん達が参加してくれますように。confident


さて、今回は夫婦で参加させていただきました。
石巻の子供たちへのお土産を抱え職場から駆けつけたオットは
初めての深夜バス乗車の疲れも見せずに終始笑顔でよく働き
誰とでもそつなく会話をしていたので仮設ボランティアに向いてそうです。

同行したボランティアの面々は、様々な年代、職種の人が参加されているので
被災された方々の今後を思い、いろんな案を出し合えば
「へぇ~、なるほどねぇ」という意見も聞くことができ勉強になりました。
それを今度からは思いついた時に身近な存在であるオットと話せるのは
とても嬉しい事。
被災に遭われた方々が、どのようなニーズを必要としているか
それに応える方法を自分の頭で考えられるようになりたいです。


昨年、ボランティアに参加した時と変わってきていると感じるたのは
ボランティアと被災者 という関係がだんだん 人と人とのお付き合い 
に変化しているという点です。
それは決して慣れ合いというのではなく互いに敬意を持って接しているからこそ
そのよううに変化できてるような気がします。







毎回、「がんばろう!石巻」 の看板の前で黙とうを捧げるのですが
この看板を、どんな方がどんな思いを抱えて制作し
それを見た地元の方々の大きな支えになっているというエピソードを
YouTubeで見ることができました。


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NHK石巻「看板物語」

そしてこちらは看板の制作者、黒沢さんのブログです。









途方もなく遠い道のりを
「復興するまで絶対にあきらめない!」
と歯を食い縛っている人達がいます

住まいや仕事など先の見えなさに不安を抱え
辛い毎日を過ごされている人達がいます

辛い経験をされた全てのかたの未来が
幸せにつながっていますようにと心から願いつつ
長く寄り添っていこうと思っている人もたくさんいます。










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2012年7月13日 (金)

お留守番

雨が異常な降り方をする日が年々増えているような気がします。
台風でもないのに、こんなに大雨が降るなんて、めったになかったのに。
以前は「雨が怖い」なんて思ったこともありませんでしたが
最近は怖いほど降りますよね?

夕べも夜中に激しい雨が降り、打ちつける雨音で目が覚めてしまいました。
九州地方の被害も大変なことになっています。
これ以上の被害が出ない事を願っています。



毎日蒸し暑い日が続いていますが3連休ですね。

週末は、また石巻でボランティアです。dash
今度はオットも一緒なので少しは心強い・・・かな?(笑)



う~たん、おねぇちゃんとお留守番お願いね。

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では、行ってまいりますpaper



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2012年6月26日 (火)

石巻の仮設住宅を訪ねて

石巻へ行ってました。


バスの車窓から、津波の被害に遭われた石巻の街を見ることができました。
今もなお見上げるほどの瓦礫の山が点在し、廃車も山のように積まれていました。
家屋のあった場所には、お茶わんやぬいぐるみなどの日常が
破片となって散らばっています。


1年3ヶ月も経っているのに やっとここまでなんだ。



地元の方々に「もう忘れられちゃっているのかな・・・」
と思われてしまうのも無理はありません。

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私がボランティアで訪れた仮設住宅は、約450世帯。
山と田んぼに囲まれたのどかな場所に
見渡す限りのプレハブ住宅が並んでいました。

こちらの住宅は特に単身者の方が多く入居されているようです。
お独りのお年寄りも多く、いろんな地域からの入居ということで
どうしても個々になりがちです。
それを防ぐために、たくさんのボランティア団体が
より良いコミュニティ作りのきっかけとなればと
お手伝いさせて頂いていているようです。



「今日はこんな事をやってますよ」と
仮設住宅を1軒1軒まわり声掛けをしました。
自治の方が「ひきこもって出てこない人もいっぱいいる」とおっしゃっていましたが
去年、孤独死をされた方もいらっしゃり、そのような悲しいことがもう起きないように
あれこれ模索されているようです。
もちろん訪問がわずらわしい方だっていらっしゃます。
でも、訪問しなければ様子が伺えないので
そのあたりが難しいところみたいです。

住民の方が
「つい最近まで両隣りの人しか知らなかった」とおっしゃっていたのを聞き
住んでいるかた同士のコミュニケーションの強化が最も大切だなと感じました。

そのお手伝いになればと仮設住宅内にある広い集会場をお借りして
ミニコンサートや手芸、七夕のお飾り作り、バルーンアートなどで
楽しんでいただきました。
「狭い仮設に一人でいてもつまんないしな」と
覗きに来てくれた方もいらっしゃいました。



子供達もたくさん集まってきたので外でドッジボールをしたり
田んぼでカエルをつかまえたりcoldsweats02
普段は体験できないことを楽しんでいるうちに
あっという間に時間が過ぎてしまいました。





今回私達が石巻の方々に歓迎していただけたのも
「名残惜しいよ」とお見送りしていただけたのも
震災後から今まで訪れた、たくさんのボランティアの方々のおかげです。




お鍋いっぱいに美味しい煮物を作って持って来てくださったお母さん
お昼休み返上で差し入れを作ってくださった「ちゃきんのサトウ」さん
それを大急ぎで届けてくれた中古車屋のお兄さん
帰るバスが見えなくなるまで手を振り見送ってくださった仮設住宅の人達


仮設住宅でお会いした人達は素敵な笑顔が印象的で本当にいい人ばかり。
どうして、こんなにいい人達の大切なものを根こそぎ持っていっちゃうかなぁ
と思うと涙が出てしまいます。



あの日のこと忘れていません。
復興を心から願う気持ちは薄れていません。

その思いをボランティアという形でしか意思表示できない私は
こちらに居ても、、向こうに行っても続けてゆこうと改めて感じました。




帰りの東北道のサービスエリアでも、いろんな地域からの
ボランティアバスを見かけました。
私はいつも「かながわ東日本大震災ボランティアステーション」が運営している
ボランティアバスに連れて行ってもらっています。
運営スタッフボランティアさん達が一生懸命にやってくださるおかげで
内容的にとても充実しているし安心してボランティア活動に参加できます。
こちらでは、なんと80歳の女性も参加されました!shine
素晴らしい行動力と精神に頭が下がります。


美味しいものとの出会いも魅力のひとつになりました。
今回は差し入れの佐藤さんのちゃきん
立町復興ふれあい商店街の中にお店があります。
甘さひかえめのあんこをクレープのような薄皮で包んだ
美味しい生菓子でした。

もうひとつ、道の駅『上品の郷』で買ったモサガンという蒸しパン。
自然薯が入っているので、もっちりしっとりとした食感。
ずっと食べていても飽きなくてクセになりそうな品の良い甘さ。
かなりの人気商品みたいで、あればラッキーなのだそうです。
『上品の郷』には他にもいっぱい美味しそうなものが売っていて
テンションが上がってしまいました。





復興が進み被災地が今までよりも美しい街になり
被災された人達が笑顔で安心して生活できるようになったら
心おきなく観光として訪れようと思っています。





その日が一日も早く訪れますように







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2012年3月10日 (土)

集まれば大きな祈り

3月11日、全国各地で追悼の催しが開催されますが
横浜でも山下公園やマリンタワー、鎌倉プリンスホテル
そして、かながわ県民センターなどの各会場で開催されます。
その準備に微力ですがお手伝いをさせて頂きました。

被災地支援の取り組みや、防災意識の向上のためのイベントが
行われますので機会があれば足を運んでみてください。
首都圏では震度7の地震がいつ来てもおかしくないと言われていますので
その時に役に立つ情報も得ることができると思います。
それと被災地の復興のために、自分には何ができるかを
知る事もできると思います。



3月11日14時46分に氷川丸が汽笛を鳴らします。
この時間はどこで何をしていても黙とうをしようねと
家族と話しました。



そしてキャンドルナイトも行われます。
この日は被災地をはじめ全国でもたくさんの方々がキャンドルに火を灯し 
心からのご冥福を
一日も早い復興を 
東日本に想いを馳せ静かに祈りを捧げます。


ひとつひとつの灯は小さくても
集まれば大きな灯。

1人では小さな支援しかできないけれど
集まれば大きな支援になります。








ひとつひとつの祈りが





ひとつもこぼれることなく






全てが天まで届きますように











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2011年7月 3日 (日)

再びの東松島

7月最初の週末は再びの東松島でボランティア活動をしてきました。
ムスメも一緒です。だいじょうぶかしらん?
今回は、うちみたいに親子参加が多かったです。
あとはご夫婦でとか、カップルでとか。
最も親しいところからボランティアの輪が広がっているのを感じます。

東北自動車道のサービスエリアは相変わらずボランティアバスだらけ。
ありとあらゆる地域から集まった有志達を乗せて被災地へと向かいます。



車窓から見て感じたのは、前回来た時よりも屋根にブルーシートを貼った家が
とても増えていたことでした。
梅雨に入り雨漏りも深刻な問題だと聞いています。
屋根を直す業者さんも依頼の多さに追いつかないほどだそうです。
これから台風の季節がやってくるので心配です。

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7月2日は各地域から400名ものボランティアが東松島へ
お手伝いに集まったそうです。
企業の団体さん達のバスは社員旅行のように和気あいあいとした
楽しそうなムードがただよっていました。
九州の福岡から来た方達にも遭遇しました。
あんなに遠くからすごいです。
心なしか後光が射していました。shine





この日行った作業は側溝の中にたまったヘドロのかき出しでした。
そもそも水はけを良くするための側溝にヘドロがたまってしまったので
雨が降ると汚水が噴出してしまい悪臭や変な虫がわいてきたり
衛生面にも影響が出てしまいます。
側溝と言うのは、ずっと繋がっているのでたくさんの人手と時間を必要とします。
多分、この日に集まった400名のボランティアさん達のほとんどが
この作業をされたのだと思います。

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側溝のコンクリートのフタを1枚1枚はがして
中のヘドロをスコップですくい土のう袋に詰めていきます。
その作業をひたすら繰り返します。

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この日は朝の8時から作業を始めましたが
各お宅から住民の方が出てきて一緒に作業を致しました。
週末なのに、朝からボランティアが作業しているので
ゆっくり休めないのではと恐縮していましたが
みなさんニコニコと本当に温かく歓迎して頂きました。

いろいろとお話を聞く機会もありました。
地震の当日は家に入ってきた津波の海水が引かず
テーブルの上で家族全員+ワンコ2匹で一晩過ごしたのは
海からものすごく離れた住宅地にお住まいの方でした。
海からこんなに離れた所まで津波が来るなんて信じられないほどの距離なのに
大人の首あたりまで海水が来ただなんて・・・。

その津波は目に見えない場所にも多大な被害を残していきました。
それが側溝や家屋の下にたまったヘドロです。
前回来た時にヘドロの臭いは全くしなかったのですが
時間とともに悪臭に変わるのか、今回はにおいがに気なりました。
住んでいる方々の悩みの種になっていました。
夏になると、においも強くなってきますし、台風などの雨で
あふれてしまう危険もあります。
早く処理して快適に過ごしていただきたい。
そんな気持ちが強くなってきます。

と、同時に暑さも強くなってきました。
ドロ作業用の上下ビニール製の作業着を着ていると
暑くて暑くてたまりません。
ひんやりマフラーも冷却スプレーも、すぐに効果が失せてしまいます。
しかも宮城入りする頃から、まさかの腹痛がに見舞われてしまい
変な汗もかいて万全の体調とは言えませんでしたが
せっかく行ったのだからと頑張ってしまいました。

最初に「今日の目標はここまでです」と遥か彼方の場所を示されて
「うひゃーっ!できるかなぁ?」と思ったものでしたが
団体でやると驚くほど大きな作業ができてしまうもので
目標を軽くクリアでき、地元の方々にも喜んでもらえて嬉しかったです。




震災後、被害の大きさに対して
自分ができる事が小さすぎて
自己嫌悪に陥りましたが
こうしてボランティアに参加して
みんなでチカラを合わせれば
大きな作業ができてしまう。
そして、ものすごく喜んでいただける。
微力は無力なんかじゃない。
身を持って知ることができました。





今回は休憩時間にワンコと遊んだり
作業中も地元の方々とお話できたり
優しいお心遣いもいただきました。
また、一緒に参加したボランティアの中には
意識の高い方がおおぜいいらっしゃり
本当に有意義な時間を過ごすことができました。


家では何もしないグータラなムスメの生活態度を見るにつけ
「育て方、間違えたかしら?」と思っていましたが
率先してテキパキ働いているのを見て、案外間違えてなかったかもと
安心しました。


作業が終わって地元の子供達と遊んだりもできて
その笑顔を見ていると疲れも癒されました。
怖い思いもたくさんしたのだから
いっぱい楽しい事を経験してほしいな。
帰る時間が近づいて、「もう帰らなくちゃ」と伝えると
「えっ?もう帰っちゃうの?また来てくれる?
今度はいつ来れるの?」
なんて詰め寄られたら、また来たくなってしまうではないですか!heart04

「おみやげ!」にくれた松ぼっくり、大切にするね。












前回に来た時にビルのように高く積まれていた土のう袋や瓦礫の山を
あちこちで見て「危険だなぁ・・」と心配だったのですが撤去されていて
嬉しく思いました。





でも、この景色は変わっていなくて・・・・
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変わったのは草が生えてきたことぐらいでしょうか?





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この景色がきれいになったところを是非見たいです。
何年かかるかわかりませんが、その間に何回来れるのかもわかりませんが
きれいになった景色を見たら感無量で涙が出てしまうかも。

帰りに、名取市の津波の被害に遭われた場所も通りましたが
どこもかしこも果てしなく遠くまで被害が広がっていて愕然としてしまいます。
いつまでかかるのか気が遠くなりそうですが、人の手作業じゃなければ
できない場所、仕事が山のようにあり、ボランティアを絶やさない事が
必要だと痛感しました。

時間を作り、知らない場所で慣れない力仕事をするのは
確かに大変なことですが、被災者の方々の大変さに比べたら
全然たいしたことありません。
行って良かったと必ず思えます。
それだけは自信を持って言えます。

ただ、私は暑さにめっぽう弱くて今回も軽く熱中症になってしまい
真夏は行かない方が身の為だと感じました。
涼しくなった9月頃にまた行きたいと思っています。













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2011年5月31日 (火)

瓦礫の地平線

被災された方が一日も早く普通の生活に戻っていただきたい
そう切に願っているボランティア達を乗せたバスは
夜9時に横浜を出発しました。

行き先は宮城県東松島市。
石巻のお隣で津波の被害が重大だった地域です。





東北自動車道も茨城県に入った頃から地震で出来た段差で
ガタガタ揺れ始めました。

宮城県に入り菅生パーキングエリアで停車し就寝します。
目はつぶってはいたけど眠れません。
窓の外には、あちこちから来たボランティアバスでいっぱいです。
地面には亀裂ができていました。


朝5時に起床。
パーキングエリアのベンチで朝食を食べていると
いろんなボランティアバスの方々もお目覚めの時間なのか
続々と出てこられたので、ご挨拶したりお喋りしたり。
普通ならパーキングエリアで知らない方とお喋りなんて考えられないけど
目的が同じ人同士だと気軽に会話ができてしまいますね。


しかし、朝の5時過ぎに外でパンを食べるなんて貴重な経験。
「仙台→」の標識を見て、「ついにここまで来た!」と
万感の思いが込み上げます。

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震災直後、募金しかできない自分が申し訳なくて
支援物資のボランティアを始めました。
現地へ行って活動したい気持ちは山々でしたが
その頃はまだプロのボランティアでも大変な状況でした。
そのうちNPO法人によるツアーも始まりましたが
1週間行きっぱなしは私には自信がありません。
5月に入り、神奈川県の災害ボランティアでバスツアーが始まり
1泊2日だったら気軽に参加できるし、これを利用しない手はないと
速攻で申し込んだつもりでしたが、即座に定員に達してしまい
何度もはじかれ、やっと今回参加する事ができました。
なんとNHKのアナウンサーや撮影隊も同行する便でした。





高速を降り、いよいよ東松島市に到着しました。
悪臭のようなにおいは全くなく、潮の香りがしています。
閑静な住宅地に瓦礫や土のうが山積みにされていて
自衛隊の車や重機が並んでいます。
仮設住宅もたくさん建設されていました。
避難所よりはマシかもしれませんが
プレハブの長屋造りの仮設住宅を眺めていると
「もう少し家らしいものを建てるわけにはいかないのだろうか?」
と、今後何年かの暮らしを心配してしまいます。






東松島のボランティアセンターの方と合流し説明を受けました。
ここには、いろんな地域から来たボランティア団体が集まっています。
知らない者同士が笑顔で元気にご挨拶。気持ちが良いです。
そういえば昔、「ボランティアが忘れてはいけないのは笑顔と挨拶です。」
と、どこかで聞いたのを思い出しました。
やたらマッチョでイケメン揃いの団体ともすれ違いましたが
あの人たちは何だったんだろう?なぞです。



お願いされた作業は津波で流れ込んで来たドロの撤去です。
海水が腰のあたりまで来て、何日間かはかん水したままだったそうです。
作業場所は民家や畑。
民家はもちろん、畑も生き残った野菜の部分は残しながら掘るので
重機は使えず人間の手作業でしかできません。
こういう作業を業者さんに頼んだら、復興費用がいくらあっても足りません。
だからボランティア!

無償の奉仕どころか、お金がかかりますが必要不可欠な活動です。





ドロを土のうにひたすら詰めて運びます。
この土のうがメチャクチャ重いのですが
男性陣がワシワシと運んでくれるので助かります。
同じグループに大学生の男の子がいましたが
張り切って運んでくれました。
仕分けボランティアをした時も感じましたが
20歳前後の男子って、細っこい子でも
ものすごく力持ちなんですよね。
しかも、黙々とよく働くのです。
パソコンや携帯ばかりいじっているから
力なんてないかと思いきや、とんでもありません。

参加費用の6千円も自分でバイトしたお金で捻出したそうです。
学生さんにとって6千円は決して安くはありませんが
損をすることはひとつも無いと思います。
むしろ得る事の方が大きいかと。
若いころの体験は、その後の人生に大きな影響を及ぼしてくれます。

だけど、できる事なら学生さんや、現在無職の方は
参加費用を安くするとか、用具を貸し出すとか
なるべくお金をかけずに参加できるシステムにすれば
長いスパンでの支援もしやすくなるのにと感じました。

大学によってはボランティアバスを出している学校もありますが
すごく良い事だと思います。
以前、ボランティアで一緒になった大学生の子から
「就職活動に有利だからとか単位もらえるからとか
そういう目で見られてしまう」と嘆いているのを聞きましたが
人助けをしたうえに就活にも有利なんて良い事づくめじゃないですか!

これから日本を立て直す世代の人達が実際に被災地に行って
労力を提供したのかしなかったのかでは全然違うと思うのです。
だからこそ、ムスメも行ってほしいと思っています。
うちのオットにもヘタレ精神を鍛えなおしてほしいので
ぜひとも行ってほしいです。

私もかなり価値観が変わりました。
今まで豊かに思えた事が薄っぺらく見えたり
今後は人との関わり方も変わると思います。








作業を続けるうちに、心配していた雨が降って来ました。
基本的に雨が降れば活動は中止なのですが
誰もやめることなく。ひたすら働き続けています。


土の中から写真を見つけました。
可愛い赤ちゃんの写真と、お父さんと子供たちがお風呂に入っている写真を。
みな、はじけるような笑顔で写っています。


「どうか・・・お願い生きていて」
深く深く祈りながらドロをぬぐいます。



午後からは雨がかなり強くなってきて、みな泥まみれ。
「撤収!」の言葉を聞きたくなくてリーダーとは
目を合わさないようにしていました。(笑)

でも無情にも雨足はどんどん強くなり
とうとう作業が中止になってしまいました。
すごく残念です。


雨の中を歩いていると惨憺たる景色が飛び込んで来ました。

はるか彼方まで続く、瓦礫の地平線です。
「こんなに遠くまで津波が?」
みな言葉を失い、ただただ茫然と見つめていました。

この光景を見ていると、震災直後に買いだめに翻弄していた都会の人の行為が
どれだけ滑稽だったのか思い知らされます。

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震災前の同じ場所からの光景をストリートビューで見る事ができました。


大きな地図で見る

のどかな田園風景が広がり、本来なら田植えも終わり
カエルが賑やかに鳴く頃でしょう。

遠くの方に打ち上げられたタンカーや船が見えます。

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その光景は映像や写真で見たのとは比べものにならないほど
果てしなく広く壮絶でした。
よそから来た私が大きなショックを受けるぐらいですから
暮らしている方々は壊れてしまった景色を見てどんなにお辛いか。


色を失った景色の中に真新しいお花が手向けられていて
そこだけが色が鮮やかに浮き出ていて涙が出ました。

手を合わせご冥福をお祈りします。

東松島市 5月28日現在

お亡くなりになられた方  1038名
行方不明の方        260名
避難されている方     2170名
約4780棟の住宅が全壊









今回の震災で世の中は不公平だとつくづく感じました。

たった一日で今まで築き上げてきた全てを失った方がいる。
かけがえのない大切な人を失った方がいる。
帰る家や生きる糧である仕事を失った方がいる。
これから生きて行く望みや気力を失った方もいる。


あの日を境に普通の生活ができなくなってしまった方が
日本にはたくさんいらっしゃる。
なのに私はあの日の後も普通の生活ができている。

「困っている人がいたら助けましょう」
と、親からも先生からも言われて育ったはずです。
親であれば自分の子供もそう育ってほしいと願います。
なのにいま困っている人がたくさんいるのに
「忙しくて無理!」では矛盾しています。


一日も早く普通の生活に戻るには
いま普通の生活ができている人が助けなければ。
それは当たり前のこと。

被災された方の言葉です。

「津波が被って家の中も畑も泥まみれになり
命は助かったものの生きる気力も失って茫然と暮らしていた。
そのうちボランティアが入れ替わり立ち替わり来るようになり
家の中を綺麗にして行った。畑の瓦礫を片付けてくれた。
生きる場所を作ってくれたんだ、頑張るしかないよね。
感謝するどころの話じゃない。ある意味命の恩人だもの。
本当にありがたい。」




被災された所は海産物や農産物、酪農など宝物がつまっていました。
日本人にとって自慢の場所です。
雨の日も雪の日も暑い日差しの下でも
働いてくれたからこその産物です。
感謝するのは、こちらのほうです。
宝物が奪われてしまい、とても悲しいです。
また、いつか宝物を生産して頂きたい。
だから復興するまで応援させてください。








今回は雨で作業が予定より早く終了したせいか、あまり疲れず
もう1泊して作業ができるぐらいの余力は残っていました。
こっちで支援物資の仕分けボランティアをしていた時の方が
何十個も重い段ボールを運んでいたので、よっぽど疲れました。
自力で行ってたら疲れたのかもしれませんが
バスが連れて行ってくれるので楽ちんでした。

行きのバスでは眠れなかったものの帰りには熟睡できて
元は取れたし、食事も途中のパーキングエリアで食べたり買えたりするので
困ることもなく、コンビニもやっていたので不自由はありません。

トイレ事情だけが心配でしたが、高速ではちょこちょことトイレ休憩をとってくれたし
場所にもよるのかもしれませんが、現在の東松島は水洗のお水も流れ
トイレットペーパーもちゃんとあるので全く困りませんでした。


行きたい気持ちはあるけど、ためらっている方は
ぜひとも行ってみてください。
あなたが行けば必ず助かる方がいらっしゃいます。




こちらではボランティアバスの募集が随時更新されているので
参考になると思います。


東日本大震災支援全国ネットワーク調べボランティアバス一覧

都合がつく日にちを選んで行けば無理なく参加できると思います。
実際、私が乗ったバスは集合が夜8時だったので
お仕事帰りの方も多数いらっしゃいました。(スゴイ!)
多分、東京近郊から出ているバス泊便は深夜発だと思われます。
バス泊がイヤなら、お値段は高くなりますが旅館に宿泊できるツアーもあります。


でも、「手伝いに来てやってる」という恩着せがましい人は行かないでください。
バスの雰囲気が悪くなるし、被災地の方々にたいへん失礼です。
乗っている時間が長いので雰囲気悪くなると最悪です。

だけど大多数の方はとても感じが良く優しい方ばかりで
すぐに打ち解けることができました。
他のボランティアの方々から教わる事も多く
とても充実した時間を過ごすことができました。


東松島の方もおっしゃっていましたが
長い支援を望まれています。
1回限りではなく、何度も足を運ぶ事が大切ですが
やはり家庭や仕事の事もあり、1人の人がしょっちゅうは行かれないので
たくさんの参加者が必要になると思います。

だけど不思議なことに、行くとまたすぐ行きたくなってしまいます。
何度も参加されている方もそうおっしゃっていました。
1度しか訪れてない場所なのに、すごく愛着がわいてしまうと。
早く復興した姿を見たいと。



私もまた行ってしまうと思います。





今回の様子が神奈川災害ボランティアネットワーク東日本大震災特設サイトに
アップされています。良かったら見てみてください。
行こうかどうしようかと迷ってらっしゃるかたには流れが掴めるので
参考になるかと思います。

【速報】5/27-5/28運行の東松島市行きボランティアバスから

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2011年5月23日 (月)

被災地ボランティアの準備

こちらで物資のボランティア活動を続けていますが
テレビや新聞などのメディアからの情報だけで
震災を知ったような顔をして語るよりも
実際に自分の目で見て感じた方が
これからの意識が全く変わると思うので
来週末に宮城県の被災地で働いて来ます。



今日は色々と準備品を買ってきました。

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作業させて頂く場所は普通の民家。
津波で流れてきた瓦礫や泥を撤去します。


貫通防止の靴の中敷きや
粉塵用の厚いマスク。
そしてゴーグル。
これはホコリが目に入るのを防ぐのはもちろんですが
臭いが目に染みて涙が止まらなくなってしまう場合もあり
それを防止する為のものなのだそうです。
準備しながら、どれだけ過酷な環境の中で
日々を過ごされているのかと思い、胸が痛くなります。



私は幸いにも健康で、向こうに行く時間も作る事ができました。
家族も私のボランティア活動に協力的だし
行けない理由がどこにもありません。

もんのすごく疲れるらしいので、付け焼刃ですが
体力づくりも始めました。


雨が降ると作業はできないらしいので
どうか晴れますように。(曇りでも良いけど。)sun

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2011年4月10日 (日)

桜に願う

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こんなにせつない気持ちで

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桜を見たのは初めてかもしれません

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来年は 日本中の人が笑顔で

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お花見ができますように

続きを読む "桜に願う"

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2011年4月 2日 (土)

思いをつないで

悩みが心を支配して不安でたまらない時や
大きな悲しみを体験した時に心臓の少し上の部分が
チクチクと痛むのですが、これと同じ症状が
地震の後から続いていました。



朝刊を読んでは泣き
夕刊を読んでは泣き
津波の映像を見るたびに呼吸が苦しくなり
被害に遭われた方々の事を思うと
かわいそうでかわいそうでたまらなくて
自分が暖かいベッドで寝ている事や
普通に食事ができている事に罪悪感を抱くようになり
辛くて辛くてしかたがありませんでした。


募金をいくらしても、救援物資を提供しても
たいしてお役にも立てていない無力な自分に嫌悪感を抱き
だんだん食欲も落ちてきて体重も減ってしまいました。



でも、仕分けボランティアに参加させて頂いてからは
思いっきり身体を使うのでお腹もちゃんとすくようになり
夜も眠れるようになりました。
被災地の方のためにと思って始めたことなのに
自分の健康を救ってくれました。





今日も倉庫には、全国からたくさんの支援物資が届いていました。
本当に有り難いことです。
段ボールや中のお手紙に添えられたメッセージを目にすると
暖かいお気持ちに思わずウルウルしてしまいます。
素早く仕分けて少しでも早く被災地に届けたい一心でやらさせて頂いてます。


いま一番何が足りないか、緊急を要する物を優先して届けるように
リーダーさんが現地の方々とギリギリまで連絡を取り合ってトラックに積みます。
必要な方のお手元にに必ず届くようにをポリシーに動いています。



中には水しか届かない避難所、3週間もお米以外は食べていない避難所、
信じられない事ですが実際にあったのです。
こうなってはいけない。こうしたした行き届かない隙間を埋めようと
頑張っているのが『災害メッセンジャー』です。


行政では支援物資の募集をすでに終了した所もありますが
現地はじゅうぶんに物資が足りている訳ではありません。
とくに消耗品は送るそばから無くなっていきます。
だって、無くなっても購入するすべがないからです。
インフラが整うまで、せめて流通が正常化するまでの間は
民間ボランティアの活動はひじょうに重要だと思うのです。


ボランティアの中には平日は仕事をしているので週末だけ参加の方とか
春休みの間だけ参加している学生さんとか本当に偉いなと思います。
そして皆さん、実によく働きます。
「疲れたなぁ」など、日ごろ何気なく口から出てしまう小さな愚痴すら
誰も言わずに元気に動いています。
何十個も何百個も段ボールを運ぶのですから
疲れないわけがありません。


だけど、送ってくださった方や待ってる方の思いが詰まった空間ですから
ネガティブな言葉が不思議と出てきません。
荷物をぎっしり詰め込んだトラックを見送る時は
泣いてしまう子もいるほど嬉しい瞬間です。







たくさんの方が心配しています。
たくさんの方が支えになりたいと思っています。
たくさん我慢させてしまって本当にごめんなさい。

もう少し待っていてくださいね。

04022

トラックの到着を待っている物資達です。
今日は仙台と岩手に出発いたしました。
善意の気持ちが大きな支援となって届けられていきました。





引き続き、支援物資の募集を行っております。
新品未使用の物でお願い致します。

届けて欲しいもの

(食料品関連)

  • 常温で保存できる食料や水

(生活物資関連)

  • 毛布
  • 紙オムツ(大人用・子供用)
  • ウェットティッシュ
  • 生理用品
  • 乳幼児に必要なもの粉ミルク、紙おむつなど
  • タオルやトイレットペーパーなど

送られたら困るもの

  • 生ものの食品
  • 古着
  • 廃棄予定のもの

現在とくに不足している物資は、
電気ポット、カセットコンロ、単二電池、長靴、ゴム手袋、靴下、作業着、
常温で保存できる食料(レトルトなど)紙オムツ大人用・子供用/
ウェットティッシュ/生理用品/粉ミルク

です。

とくに電気ポットとカセットコンロ、体温計、アレルギー除去の離乳食を
寄付して頂ける企業様を大募集中です!






〒143-0022
東京都大田区東馬込2-15-2
株式会社トラスト・エキスプレス 災害メッセンジャー宛
TEL 03-3774-5731

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よろしくお願いいたします。






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